舳倉島診療日誌
臨床研修を終えたばかりの新米医師が毎年半年交代で赴任する舳倉診療所。温かい島の人々に囲まれてのんびりすごす島の暮らしを綴りたいと思います。
舳倉島診療の歴史
6月19日 くもり。島民はけっこう輪島の方に行っているので、静かな感じです。今日はこの島の診療について、私の大先輩の先生のページを紹介しながら、書きたいと思います。

この島の医療の歴史について、なんとなくの認識はあったものの、詳しい事はあまり知りませんでした。自治医大の大先輩が25年前にかかれた記事を紹介させていただきましたので、ここでも紹介したいと思います。
http://www.medqa.jp/2006/05/1981_5534.html
この記事によりますと、昭和30年ごろにはじめて島に医師が赴任し、昭和54年頃まで赴任されていたのでしょうか。昭和54年といいますと、私の生まれた年であります。
昭和55年(1980年)から自治医科大学の卒業生が半年交代で赴任するようになりました。きっとこの頃の生活は今とは比べ物にならないくらい不便だったことでしょう。診療所も今のような診療機器はないだろうし、定期船もかなり遅く、おそらく多大なる苦労があったのだと思います。時々島の人に生活の様子を聞きますが、昔に比べれは今はずいぶん便利になったようです。

医師一人の診療の為、多岐にわたる疾患をみなくてはならず、特にこの島では海女という職業柄、耳鼻科、眼科といった専門医療も必要となりました。そうした中ではじめられたのが、夏季の一番人口が多い時期に行われる、総合検診です。石川県内から耳鼻科、眼科、外科などの先生に年に一度来島していただき、先生方のご尽力で専門診療を行ってきました。今年も8月に実施する予定です。紹介いただいた先生には毎年検診に来ていだだいている先生の中の一人であり、現在でも島の医療について、いろいろと相談させていただいております。

今の島があるのは、こういった先生方のご尽力によるものでしょう。島民は安心して仕事ができなければ、この島に住もうとは思わないと思います。
この島の医療の歴史を振り返ると、現在の仕事の重さを再認識いたしました。
この島で学んぶことはたくさんあります。この島でしか感じることのできない、学ぶことのできないこともたくさんあります。日本全国探しても、あまりない環境の中で島の人々とともに暮らし、働くことはとても貴重な時間のように思います。
わずか半年の勤務、残りは約3ヶ月です。心優しい島民が安心して仕事ができるように一生懸命がんばっていこうと思います。

今日は島の海の写真をいくつか載せます。
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2006-05-27_00176.jpg

底まではっきりと見れるぐらいの透明度です。ここではスキューバーダイビングは禁止されていますが、きっと沖縄の海のも負けないと思います。

鳥はブッポウソウ以外はいつものメンバーでした。数は減っています。アカアシチョウゲンボウはまだいます。そろそろいつものメンバーに加えようかな。
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【2006/06/21 12:33】 | # [ 編集]

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【2006/06/24 08:41】 | # [ 編集]


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住所 〒928-0072 石川県輪島市海士町所属舳倉島出邑山1-4 舳倉診療所
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This blog started in April, 2006. I am the fifth author.
Mail:taichihirodog0107@yahoo.co.jp



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