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舳倉島診療日誌
臨床研修を終えたばかりの新米医師が毎年半年交代で赴任する舳倉診療所。温かい島の人々に囲まれてのんびりすごす島の暮らしを綴りたいと思います。
お祭り
8月22日~25日まで輪島大祭でした。
この間は島民の方がほぼ離島し、定期船も欠航となるため、
僕も久しぶりに離島しました。
輪島が東京なのかと思うくらいに人、車、店、家が多くてビックリしました(^O^)/
お金を払うと飯が出てくるということに、違和感すら感じるくらいでした。


8月22日23日と舳倉島が所属している海士町のお祭りがあり、
神輿を担がせていただくことになりました。
海士町男性の厄年の人と若い衆が担ぎます。
女の人、他の町の人は絶対に担げません。
3年前の祭りDVDで予習して大体の流れをつかみました。
先日、将来この診療所に来ることになるであろう後輩が、事故に遭ったこともあり、
一島民として、島民の方々の漁の安全を祈願し、
そして、今後来るであろう診療所長皆の安全も祈願する思いで
担ごうと覚悟を決めて臨みました。


当日は朝から始まります。
町はいくつかの組に分かれていて、それぞれの組でその年の「あたり」と言われる家があり
そこで皆が集まり、組の方とお酒を酌み交わし、御馳走になります。
時間が近づくと歌を歌いながら、気分を盛り上げます。
みこしを担ぐ人は全員女装してさらし、スカートのような腰巻をして足袋とわらじを履きます。
海士町の神社である奥津比(ひめ)神社のご神体は女性だからということです。
化粧やわらじは必ず女性がします。これには女の人から男の人への告白的な意味もあるのだどか。
化粧をしてくださったIさん(おっかぁ)ありがとうございました!(^^)!


化粧が決まり過ぎて、気持ち悪がられました(^_^;)
jyosou


waraji



16時半神社出発。

色々と覚悟は決めていたのですが、想像していた以上に神輿はとてもとても重いものでした。
みこし1


5日たった今でも、僕の両肩には、痛みとアザと傷が、しっかり残っています。


「ヤッサーーヤッサ」という声をかけながら神輿を担ぐのですが、その声もこの写真を見ると聞こえてきます。

みこし2



奥津比神社は舳倉島に本社があり、
神輿が置かれている輪島の奥津比神社は里宮だということです。
昔は舳倉島に神輿があり、島の石道を神輿を担いでまわっていたというお話を聞きました。
河井町のご神体は男の神様で、昔は2つの町が同じ日にお祭りをして、
1年に1度その日に出会うという七夕の時のような意味もあるようです。


神社から海にたどりつくといったん少し休んでわらじを履きかえます。
かえて下さる人はこれも必ず女性です。


共に神輿をかんだ(担いだを「かむ」とこちらでは言います)同じ組の仲間たち。

集合2


海士町の神輿は海に入る珍しいお祭りです。18時半頃海へ。
夕日をバックに肩のあたりまで海に浸かりながら皆で神輿を担いでいるその瞬間は、
言葉では言い表せない、不思議な感じでした。こういうのを神聖なと言えばいいのでしょうか。


海では神輿と神輿につく手綱で綱引きをします。
これは夫が海女の命綱を引き上げる海女漁に由来しているようです。

みこし3


神輿がその日の最終目的地海士町自治会館付近に着いたのは19時半か20時頃だったでしょうか。
到着した瞬間は自然とひときわヤッサーヤッサという声が高まり、
皆でやったぞという一体感と達成感がありました。


次の日には神輿を再び神社へお返しするようですが、
正直、2日間担げと言われても絶対に担げるような状態ではない全身と肩の疲労度でした。


今島にいるご高齢の方々も、昔同じ神輿を担いでいたのかと思うと何だか不思議で、
歴史の重さを感じました。またそんな神輿を担がせていただいたことに本当に感謝です。


夜はキリコが各組から出ます。太鼓を2人でそれぞれ独特のリズムで叩きます。
僕も叩かせていただきましたが、はっきり言ってまったくでたらめになってしまいました(>_<)
本当に難しいのですが、老若男女問わず、特に小学生と思われるような子も皆本当に上手に叩いていたのに驚きです(^O^)/このブログを立ち上げて下さった、そして初めてお祭りに参加し神輿を担がれたやべっちさんもお祭りにいらして一緒に参加しました!(^^)!
きりこ


24日は鳳至町という町のお祭りがあり、松明(たいまつ)というイベントを観ました。
火のついた高さ10mはある松明の上にある棒3本を取るのですが、熱い男の戦いが
ありました。それを取ったらヒーローものであり、取った棒は自分の組のキリコに捧げます。
とても神聖なものなので、昔からそれをとった人、その棒は共に崇められているようです。
縁起物でもあり、今では友人の結婚祝いにプレゼントするなどということもあるようです。
たいまつ



計4日間の輪島大祭は本当に熱い熱いお祭りでした。
それに参加させていただけて本当に幸せでした。
この4日間は皆仕事もお休みして、皆が各町のお祭りのために町に帰ってきます。
これから先もこうやってずっと続いていくのだろうな、と、そして続いていって欲しいなと思います。



帰島し、診療所横にある託児所でも、今日プール祭りが行われました!(^^)!
プール

僕の出身大学である自治医大は学生時代は全寮なのですが、
その寮生活で6年間ずっと1番近くの部屋だった同級の友人と久しぶりの再会をしました。
一緒に輪島で祭りを見た後、その後、舳倉島に来島してくれました(^O^)/
子供とも遊び、釣りもなかなかの大物が釣れたようで、島時間を満喫してくれたようです。
夜は昔の学生時代の話などで盛り上がりました!(^^)!
学生時代にそのまま戻ったような、そしてこの大学で本当によかったと思う瞬間でした。
はるばる長野から本当にありがとう(^O^)/
竹内


残り勤務もあと1ヶ月。この5か月振り返ると本当にあっという間です。
島から離れることを考えると本当に寂しくなります。残りもしっかり頑張りたいと思います。


P.S.
Sさん本が届きました!(^^)!本当にありがとうございます!!
R先生本当にたくさんありがとうございました!
舳倉島灯台
お盆となり島の方も多くは輪島に行かれました。、
現在の人口は何と!! 島住民<観光客 の関係になっています(^_^;)


先日、舳倉島灯台が1日だけ解放となったので登ってきました。
以前は灯台守さんがいて、僕が学生の時代、
約8年前に行った時には常時上れたのですが、、
現在無人化となっており普段は昇ることはできません。

灯台

島の一番高い場所(といっても標高13m)に立っています。
夜間は毎日、毎日、周囲の海をグルグル照らしており、島のシンボルとなっています!(^^)!


入口の看板です。

画像圧縮の関係上見えにくいですが、
右から、舳倉島灯台昭和6年4月1日と書いてあります。

灯台看板


中に入るとすぐに資料展示館がありました。

展示室

昔の海女さんの姿です。昔は、ふんどしのみ、素っ裸で、胸も丸出し状態でした。

その他にも、過去の定期船(あすなろ、くれない、へぐら)などの写真もありました。

しばらく開けていないせいか、館内は少しカビ臭く、
けどそれがさらに歴史を感じさせてくれました(^O^)/

灯台海女写真



灯台階段
昇ること125段。正直結構きつかったです。


昇ると灯台の明かりの根本を見ることができます。

詳しい仕組みは分かりませんでしたが、この小さな歯車のようなものから力が伝わり、、、

灯台歯車


灯台中心

このとてつもなくでっかい歯車を回し、上の照明部分が回っているようです。


灯台からの眺めです。高くて少し怖いくらいでした(>_<)
ウラジオ

アイランドタワーからの眺めとはまた少し違う、とてもよい眺めでした(^-^)

ウラジオストクまで730km・・・近いのか遠いのかよく分かりません(^_^;)

写真右寄りに見える池は島唯一の淡水池である竜神池です。


舳倉島周囲は北海道と本州を結ぶフェリーも航海しており、海の交通上要所でもあるようです。
島が低いこともあり、高さ31mとこの辺りの灯台では最も高い灯台です。

今日は終戦記念日。
戦争の間も、64年前の今日もこの灯台は回り続けていたのでしょう。



話は変わりますが、
夏の甲子園石川代表日本航空石川が延長戦の末勝ちました!
手に汗握る試合でした(^O^)/
僕が勝ったわけでもないのですが、地元が勝つとやはりとてもうれしいものです。
しかも現在住んでいる輪島の高校なのでなおさらです。
高校は輪島の山の方、能登空港付近にあります。



能登勢初の代表であることもあり、地方大会優勝が決まった時には
(この時も延長戦。延長14回サヨナラでした)
勝利が決まったと同時に、輪島の行政無線で、輪島市内そしてこの島にも
甲子園出場が決まった旨が放送が流されました。


今も甲子園初勝利で沸いているはずです!(^^)!
が、島からはその様子もうかがい知ることができません(^_^;)


舳倉島視察団来島
 梅雨も明け、舳倉島でも蝉が(主にツクツクボウシ)鳴り響いています。
先週は中高の同級生が研修で島にやってきてくれました。
昼は通常診療に加え、検診の後かたずけと整理を手伝ってもらい、(助かりました!ありがとう!)
夜は島の若者と飲み会をしました!(^^)!一緒にした花火も楽しかったですね(^O^)/
simabito
2泊3日の研修でしたが、島のものをたくさん食べられて、いい研修(!?)となったでしょうか?
kennsyuu1

 翌日、高校でお世話になった2人の大恩師がはるばる島に視察に来て下さいました(^-^)
turi
海の方の視察もまずまずの成果だったようです(^O^)/
夜は当時の高校の時の思い出話や、最近の学校の様子などで、楽しいひと時を過ごさせていただきました。お忙しいところ、そして遠いところ、たくさんのお土産、本当にありがとうございました!!


 たまたま医学部の学生さんも同じ日に島に来て下さり、診療風景を見学していただきました。
少し大きいこと言いますが、ここには地域医療、医療の原点があると個人的には思っています。
1泊2日という短い間でしたが、診療内外の様子を見て、聞いただけでは分からない、
実際見ないと分からない何かを肌で感じてもらえたのではないでしょうか。
sennsei


 思えば高校の時にこんなとこでやりたいなと漠然と描いていた夢がおかげ様で
今こうやって現実のものとなっていることに、そしてその時支えて下さった恩師にこうやって
島に来ていただけたことに、また医学生がこういう姿を見ていくということ、
10年前はこのようなことが起こるとは思いもよりません、何だか不思議な感じさえします。
ありがたいことです。






夏季舳倉島総合診療
8月1日、2日と2日間にわたって夏季舳倉島総合診療が開催されました。
この検診は県医師会長が当初から参加され、年1回開催されているもので、
今年で27回目を迎えました。
詳しくは(舳倉島情報も含めて)こちらをご覧下さい↓
http://www.komori.or.jp/sub7.htm


今年は眼科検診に無散瞳で行える眼底カメラを島に運んでいただき、多くの島民の眼底検査ができました。例年散瞳薬で限られた方にしか眼底検査を行えなかったのですが、無散瞳で行えるため
短時間で撮影可能で、大量に眼底写真を撮ることができました。
目機械


また胃カメラ検診も希望者に行いました。
胃カメラ
富木医療器、オリンパスさんの協力もいただき大変よい検診になったと思います。
ありがとうございました!
その他耳鼻科、循環器、整形外科検診を行い多数の方に受診いただきました(^O^)/


スタッフは総勢18名。お忙しい中、そして遠方の中、そしてボランティアの中
お仕事本当にありがとうございました!誰一人欠けてもできないものでした。
所長の不行き届きで色々とご苦労をおかけしたと思いますが、皆さんのおかげで充実した検診になりました。本当にありがとうございました!!
検診集合1
アワビ飯恐ろしいくらいにうまかったですね!(^^)!


出港直前まで、島民の方が健康相談にかけつけました。
出港2


会長と美女島民と
会長


多くの島民の方が見送りに来て下さり、
スタッフの皆、島民の方々がずっと手を振ってのお別れでした。
出港1
お別れは寂しいものですが、船のお別れは特別です。


 診療所一人の医者ではできることにはやはり限界があり、
この検診があってこそ島民の健康がまもられています。
来年以降も末長く継続していっていけたらと心から思います。


 昼も夜も充実した2日間で楽しかったですね(^-^)
準備を含め、大変ではありましたが、非常に思い出深い2日間となりました!(^^)!


 改めて、今回の検診に参加していただいた先生方、看護師方、保健師の方、放射線技師の方、県庁の方々、皆さんの派遣にご協力いただいた病院関係機関の方々、内視鏡準備にご協力いただいた富木医療器、オリンパス、物資搬送に協力いただいたへぐら航路、輪島漁協、民宿つかさ、そして輪島市役所、保健所、石川県庁の方々などなどその他にも大変多くの方々にご協力いただきました。心より感謝申し上げます。


船着き場にて島民の方々とスタッフ一同
検診集合2




プロフィール

shingo takagawa

Author:shingo takagawa
住所 〒928-0072 石川県輪島市海士町所属舳倉島出邑山1-4 舳倉診療所
TEL:0768-22-7500
FAX:0768-22-7509
mail: lovelyhegura@yahoo.co.jp

This blog started in April, 2006. I am the 19th author.



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