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舳倉島診療日誌
臨床研修を終えたばかりの新米医師が毎年半年交代で赴任する舳倉診療所。温かい島の人々に囲まれてのんびりすごす島の暮らしを綴りたいと思います。
シベリアセンニュウ
BWの方々のための鳥情報です。

シベリアセンニュウ
Locustella fluviatilis


非常に珍しい鳥でめったに写真にとることはできないのだとか。僕にはこれとスズメの違いすら分かりません。写真はBWの方から頂いて許可を得て掲載しています。
昨日来ていた人はラッキーでしたね。

どうでもいいですが、蚊が出てきました・・。

大輔先生と舳倉の珍鳥たち
まだ少し風が冷たいですが、日差しは暖かく鳥があふれ診療所の前の花壇には色んな花が咲き、気持ちの良い季節です。

先週の日曜日にこのブログを作った前々代所長の鳥キチ先生↓が遊びに来てくれました。
当然お目当ては鳥ですが、賑やかな人なので楽しい一日となりました。
yabe

この人はもうほとんどプロです。歩き回りながら鳥をみつけると、さっと双眼鏡をとりだして確認して、「ん・・、あれは△※ビタキだな・・」。すごすぎです。
島の人たちも久しぶりに来た大輔先生を囲んで楽しそうにおしゃべりしていました。珍しい鳥もたくさんいたようで、帰りにはたくさんのメカブももらってとても満足されたようです。

大輔先生からその日撮った鳥たちの写真を頂きましたので掲載します。やはり僕のデジカメとは違いますね。

まずマミジロキビタキ
mamijirokibitaki

診療所の前に餌付けされて3日間くらいいたでしょうか。黄色が鮮やかなかわいい鳥でした。大輔先生が「これを見れただけでも満足したわ~!」という代物でした。

次にオウチュウ
ouchuu

シルエットから分かりますが、長くて二股に分かれた尾っぽが特徴のようです。
拡大写真は図鑑から。
ouchuuwikipedia

中国に生息している鳥で、日本に来ることはかなり稀みたいです。

クロウタドリ
kuroutadori

ツグミの一種でスウェーデンの国鳥だそうです。日本には極めて稀にしか渡来しない、とありました。バードウォッチャーの人たちが必死になって追いかけていたのもうなずけます。ちなみに日本の国鳥はキジだそうです。石川県の県鳥はイヌワシ

クロツグミ
kurotugumi

名前の通り、黒いツグミ。かなりの美声らしいですが、いま島ではホーホケキョの大合唱です。でもこれもその内きかれなくなるのだとか。それはそれで寂しいです。

カッコウ
kakkou

カッコウと言えばセロ弾きのゴーシュ。
cello

ジブリ作品は結構持ってきていて、たまに観てますが、これは忘れてました。久しぶりにみたいなぁ。

(註:以下の画像はネット上で取得したもので大輔先生が撮影されたものでも舳倉島で撮影されたものでもありません。著作権上問題のないことは確認しています。)

その他、最近見られている鳥は
ヤマショウビン
yamasyouin

きれいですね。なんか沖縄って感じがします。

コウライウグイス
oriole

英語でOriole。野鳥図鑑にも「舳倉島で毎年5月から6月に観察されている。」と書いてありました。

チョウセンメジロ
chestnutflankwhiteeye

図鑑をみていて学名というのは難しくてよくわかりません。チョウセンメジロの学名はZosterops erythropleura・・・(^_^;)。英語ではChestnut-flanked White-eye。目の周りが白いからメジロ White-eye。う~ん英語は単純でいいですね。普通のメジロとは横っ腹の赤褐色の模様(Chestnut-flanked)が違うらしいですが、それを見つけてしまうバードウォッチャーさんたちが凄いです。

ヒメイソヒヨ
himeisohiyo

これも相当珍しいようです。珍鳥というより、たまたま迷い込んでくる迷鳥のようです。

以上、舳倉島・春の珍鳥たちでした。
そろそろシーズンも終わりのようですね。
はまりはしませんでしたが、野鳥をみているのは楽しいです。
これからも診療所の壊れかけた双眼鏡でちょこちょこ見ていきたいと思います。

搬送 その3
肺炎の方を輪島まで搬送しました。

今度は漁船です。
gyosen


舳倉から輪島港まで2時間半ほどかかりましたが、患者さんは途中で急変することもなく、無事搬送することができました。

今日は雨と風が強くニューへぐらは出港できませんでした。
これは輪島で書いています。

実は明日も厳しそうです・・。
定期船には運航基準があって、うろ覚えですが、風速10M以上、波高2M以上になると出ません。その他、注意報や警報等を総合的に考慮して、決定するそうです。

島の人たちと、泣き虫↓のことが心配です。

harugenkan


ハルの成長日記①
2006年11月3日に我が家にやってきたハル。2ヶ月でした。

haru_2month

正直、このまま成長しなければいいのに、と思いました(笑)。
このころはまだ関節がしっかりしていないので、散歩もいけず、フローリングの床に滑らないように絨毯を敷いて家の中で1日を過ごします。

何と言っても大変だったのが、トイレの場所決めです。そこら中におしっこをしまくるので、絨毯の上に新聞紙を敷き詰め、まず新聞紙の上で絶対にするようにさせます。その後、徐々に徐々に新聞紙の範囲を狭め、特定の場所にするように誘導するのですが、口でいうほどうまくはいかない(T_T)。
新聞紙をどけたとたんに、そこの絨毯にシャ~~、てな感じです。
絨毯は50センチ四方くらいのブロック式のものなので、これがおしっこならまだその部分を洗えばいいんですが、うんちは・・・みなさんのご想像にお任せします。

うんち・おしっこ戦争の毎日でしたが、
haru_2month2

これを見せられると頬が緩んで何もかも許してしまうのでした。

島の夕食③~春の山菜~
5月も半ばを過ぎましたが、やっと天気が良くなってきました。
今日は抜けるような青空で、こんな日は屋上で景色を楽しみながらハルのブラッシングをしてあげます。

海女さんたちは漁のできない日は山菜を取りに行きます。
アスパラ、ワラビ、フキ、トドキなんかが主なようです。

今日もたくさん頂きました。
sansai


みなさん、天ぷらやおひたしにして持ってきてくれます。
フキは漬物もすごく美味しいです。
トドキというのは食べたことがなかったですが、トドキの天ぷらは絶品です。
todoki

島の人たちもトドキが好きみたいですね。

タケノコももらいました。煮物とかになってるといいんですが、丸ごともらうとどうしていいものやら・・。
料理に困ると毎回祖母に電話します。
タケノコは米と一緒にゆでると灰汁がよく抜けるそうです。生まれて初めて知りました。
タケノコごはんは大成功。
takenokgohan
(写真はイメージです)

なかなか美味しかったです。
地域医療の担い手
代々の診療所長は自治医科大学の卒業生です。

自治医大は1972年(昭和47年)に医療過疎地の解消を目的に設立されました。各都道府県からの学生は入学金や授業料を出身の都道府県から貸与され、卒業後に知事の指定する医療期間に9年間勤めれば、その返済が免除されるというシステムです。その9年間のことを義務年限といい、義務年限内は県庁の人事でいわゆるへき地勤務にあたるというわけです。といっても、初期研修を2年間、医師5~7年目に後期研修を2年間、県立中央病院で行うため、実際の「へき地勤務」は5年間です。さらにその中に地域の中核病院での勤務も含まれますので舳倉島のような本当のへき地勤務は2~3年ということになります。(注:これは石川県の場合です。各都道府県によって多少状況は異なります。)

最近、国立大学医学部にも自治医大のシステムを導入して、「へき地枠」を作ろうという動きがあるようです。
http://www.47news.jp/CN/200705/CN2007051201000527.html

2004年に新医師臨床研修制度が始まり、医学部を卒業した医師の多くが大学病院ではなく、一般の市中病院で研修をするようになりました。臨床医としての力を付けるためには、稀な疾患の集まる大学病院より、よくみる病気をたくさん経験できる市中病院の方がよいと考えられているためです。
そのため大学には人が集まらなくなり「医局崩壊」などと騒がれました。
大学の医局は「臨床」「教育」「研究」の3つを担っています。「教育」と「研究」は言葉の通りですが、「臨床」は大学病院での医療、また関連病院での医療ということになります。関連病院とはその医局に所属する医師が派遣されて診療を行っている医療機関という意味です。この関連病院をどれだけ多く持っているか、どれだけ多くの優秀な医師をその地域に派遣できるか、これが医局の持つ力ということになります。そもそも医局に入らなくなるわけですから、新医師臨床研修制度がどれだけ医局にとって痛手だったか分かると思います。医局は大学で臨床や研究、教育に携わる医師が不足したため、地域の病院から医師を呼び戻します。これは地域の病院からみれば撤退されたも同然で、当然医師不足に陥ります。実際、私が半年後に勤務する病院でも9年前には9人いた内科医が5人になり、呼吸器内科、脳神経外科はなくなりました。

国立大学医学部のへき地枠構想はこのような地域での医師不足を解消するために出てきたものですが、とても表面的な対策に思えます。

その理由の1つは数合わせ的な考えであるということ。そのへき地枠で卒業した医師の教育は誰がするのか(へき地勤務が決まっているということは医局には原則的には入れないと思います)、へき地勤務が終わった後はどうなるのか、という医師の生涯教育的な考えがないことです。ま、これはそのまま自治医大の卒業生にもあてはまる問題ですが。

また、変な言い方ですが、医師には様々な職業があります。毎日外来に出て、毎日手術をして、病棟には常に20人以上の担当患者さんがいてというバリバリの臨床医もいれば、病理標本と向き合っている医師もいます。もちろん大学で研究をするのも医師の大事な仕事ですし、医学生の教育はそのほとんどが医師によって行われます。他に監察医、保健所所長、産業医、行政分野と多岐にわたります。自治医大についても常にある議論ですが、18歳や19歳という年齢が将来へき地に行き医療をするという決断をするのに妥当かという気がします。決意の問題だけでなく根本的な向き不向きという問題もあります。会社員が営業に向いている人と向いていない人がいるように、医師にも臨床に向く人と向かない人がいます。(もちろん研究にも向いている人と向いていない人がいると思います。)
矛盾するようですが、自治医大の卒業生は学生時代にある種の覚悟がうまれます。周り全てが将来へき地にいくという同じ状況で、しかも寮という空間で6年間を共に勉強、部活にと共同生活を送っています。最初の9年間においてはあまり他の選択肢はなく、少し大げさに言えば、「離れていても将来はともにへき地医療を担ってがんばっていこう!」という雰囲気の中で学生生活を送るわけです。大学の教員も「へき地では」「地域では」という前提をおいて話をすることが多いですし、高学年の臨床教育も地域での即戦力となるように実践的な内容に配慮がされています。そして、30年近い歴史のなかで築かれた卒業生同士の地域医療のノウハウの伝達があり、自治医大の卒業生に対するバックアップ体制も一応整っています。

これだけの環境の差がありながら「自治医大のシステムはいいんじゃないか」、「へき地枠を作っておけば10年後は地域の医者は足りているだろう」という考えで80人から100人いる国立大学の定数の中に5人や10人のへき地枠をぽっと作ることはその学生の将来的にも不安定でかわいそうですし、へき地にいくための準備や教育ができるのか不安です。

では地域の医師不足はどうしたらいいんだ、という問題ですが、これはもうシステムの問題なので、時間をかけて医局にかわる生涯教育のシステムを生み出すか(民間医局なんてもあります)、医局が過去の反省を踏まえて再生するか、相当時間がかかると思いますが本腰を入れて取り組まなければいけない問題だと思います。いずれにせよ今までの医局一本やりではなく多様化せざるを得ないでしょうし、システムを構築することと、今そこにある地域の医師不足の解決を混同してはいけないと思います。もちろん現在の医師不足は深刻で地域での医療格差は明らかに生まれています。医師の労働環境の改善や、待遇面での改善も必要だと思います。しかし、現在の地域での医師不足の解決のために医学部の定数を増やすとか、自治医大風の制度をつくるなどの対策は根本的な治療にはならないのではないかと思います。

舳倉島にきてまだ1ヵ月半ですが、医師になってよかったと思っています。島民のみなさんから信頼され、よい医療を行うために勉強し診察を工夫し、島の言葉を覚えたり、散歩のついでに「この前の風邪よくなったかぁ?」と雑談をする自分は悪くないな、と素直に思えます。島の人たちと犬と一緒に暮らしながら、人生の中で大切なことを学ばせてもらっているなと実感しています。
医学部の定数を増やすことよりも、医療を通じて自分の人間性を高めたいと願う医学生や医師を増やすことがこの問題の解決の本質なのではと思います。まあ、そうなると医学部教育やそこに至るまでの教育、地域づくりまで話がいってしまいますので、とてもとても大きな課題が潜んでることになります・・。今はこの島で自分に与えられた仕事に責任を持ち、勉強し、1日1日を大切にしながら残りの生活を楽しみたいと感じています。

フク助
舳倉島の犬たち~第3弾~

フク助くん。
fukusuke

5歳のトイプードルです。

いつも島にいるわけではなく、ご主人様について島と輪島を行ったり来たりしているようです。元気いっぱいで散歩の時はそこらじゅうを飛び回っています。のっしのっしと、ふてぶてしく歩くハルとは対照的です。

体重は3kgぐらいだそうで、抱えるとほんとに軽いです。室内犬はこれぐらいの体重でないと大変なんでしょうね。ちなみにハルも25kgくらいまで、つまり金沢にいる間は室内犬でした。そのころのやんちゃぶりはなかなか凄まじかったです。幼犬で歯が生え変わる前後はむず痒いらしく家中をかじってくれました。何度しかってもこれは直りませんでした。

ハルは現在33kg!食欲旺盛!首輪も食いちぎる!
ということで首輪を急遽取り寄せ中です。

kubiwa
応急処置のタオル首輪
ヘリ搬送 その2
2回目のヘリ搬送がありました。

朝6時ごろ診療所の携帯に家族から電話があり、様子がおかしいのですぐ来て欲しいと。
急いで救急セットを持って車で行くと、右手右足が動かず、ろれつも回らない構音障害という状態でした。意識はしっかりされており、血圧はやや高め。脳卒中と判断し、すぐに区長さんへ電話をしました。海が荒れていて漁船は出せないということで、消防本部へ電話し防災ヘリを要請しました。

家の人に手伝っていただき、何とか診療所まで患者さんを運び、診察し、点滴の開始。診療所にはCTは無いので確定診断はできませんでしたが、脳梗塞か脳出血の可能性が非常に高く消防本部と受け入れ先の病院と連絡を取り合いながらヘリの到着を待ちました。

防災ヘリの場合は診療所から直接要請ができるため(自衛隊ヘリの場合は市役所内に対策本部を設置し、そこから県知事を通して自衛隊に要請しなければなりません)、連絡は非常にスムーズで要請から1時間40分ほどで舳倉島へヘリが到着しました。

heli

ヘリに同乗し金沢の病院へ。本当にヘリは速いです。45分くらいだったでしょうか。

受け入れ先の病院は私が臨床研修をした病院だったので、ドクターも看護師さんもみんな顔見知りでちょっと家に帰ってきたような感じがしました。患者さんの紹介や受け入れというのは、その病院のスタッフの顔を知っているかどうかというのがとても大事だと思います。

患者さんはすぐにCTの検査を受け、やはり脳出血の診断でした。これから大変なリハビリの生活になると思いますが、なんとか元の生活に戻れるように願っています。

その日の内に輪島へとんぼ返りし、次の日の朝の船で帰島を、と思っていたら低気圧の接近で船はでず、1日足止めでした。

その次の日の朝に舳倉島へ。ハルが出迎えてくれていました。
omukae

留守中は何事も無かったようでほっとしました。
ハルの世話をしていただいた島民の皆様に感謝しています。
夜はやっぱり寂しくて結構ないたそうな・・。

3回目がないことを祈ります。

昔の診療所
現在の診療所や保育所、医師住宅が入っている舳倉島総合開発センターは1986年(昭和61年)に建てられたものです。1991年(平成3年)の台風19号の被害により開発センター内に診療所が移るまでは分校のそばに建っていた診療所で診療が行われていました。

1988年(昭和63年)に赴任されていた先生に当時の貴重な写真をお借りしました。

gaikan
旧診療所の外観。当然の木造ですね。

kanban
看板。
なぜか「舳倉生態医学総合研究所」??が付属しています。
冗談なのか・・?何かヒミツの実験が行われていたのか・・?
舳倉診療所の歴史については過去の記事をどうぞ↓
http://hegura.blog60.fc2.com/blog-entry-58.html

sinsatusitu
総合研究所の診察室。88年にすでにPCを導入しているところがさすがですね。86年に開発センターが建ったのにその中に診療所がすぐに移らなかったのは、保育所が開発センター内にあったため(今もありますが)、レントゲンなどの機器が問題だったようです。

自治医大1期生の先生が1980年(昭和55年)に赴任されてから27年。1980年以前からいらっしゃった先生から数えれば、それだけの歴史を重ねてきたこの島の医療を、地域医療の原点としてしっかりと学んでいきたいと思います。

おまけ
hegura

「ニューへぐら」の前はやっぱり「へぐら」だったんですね(^^)

ハルの4コマ劇場
4koma1
なんかおくれ。

4koma2
なんもないの?

4koma3
なんかくれや~!

4koma4
ケチ・・。

とうとうバードウォッチング
何となく散歩していたら・・

「せんせぇ~!バードウォッチングいくぞぉ!」

と、三輪車にのった元気なおばあちゃん。

島で随一のバードウォッチャーを自認するこのおばあちゃん(といっても元気な現役の海女さんですが)は、珍しい鳥がでたという噂をききつけて、その場所へ急行するところでした。

ということで(ほぼ無理やりに)バードウォッチングへ。

オガワコマドリという珍鳥中の珍鳥だそうです。マニア垂涎のワンショット。

Luscinia svecica
ま、デジカメのズームなんで画像は水彩画タッチみたいになってますが(^_^;)

色々説明してくれたバードウォッチャーの方が、たぶん一生の内でもう出会わないないかもしれないよ、とおっしゃっていました。
ノドのところに青やオレンジの模様があってとてもかわいいです。
英語名は Bluethroat と言うそうです。なるほど。



プロフィール

shingo takagawa

Author:shingo takagawa
住所 〒928-0072 石川県輪島市海士町所属舳倉島出邑山1-4 舳倉診療所
TEL:0768-22-7500
FAX:0768-22-7509
mail: lovelyhegura@yahoo.co.jp

This blog started in April, 2006. I am the 19th author.



About Hegura island

舳倉島について知りたい方は、カテゴリーの「島内ツアー」をクリックしてください。



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