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舳倉島診療日誌
臨床研修を終えたばかりの新米医師が毎年半年交代で赴任する舳倉診療所。温かい島の人々に囲まれてのんびりすごす島の暮らしを綴りたいと思います。
島内清掃
昨日は年1回の島内清掃の日でした。
朝9時から海岸に集まって打ち寄せられたごみをみんなで拾います。

gomihiroi


燃えないものはビニ袋に入れて集め、流木や海草、縄、網、燃えるごみはいくつもの山をつくって集めておいて風の無い日に燃やします。

朝からやると昼頃にはもうクタクタになってしまいました。
でも、島の人たちと漁のことや島の生活のこと、ハルのことなんかを話しながらすごす時間は楽しいものでした。

少しだけ住民になれた気がした一日でした。
屋上にて
診療所の屋上です。

nureHARU

この日は快晴だったのでシャンプーしました。
ピレニーズは見てのとおり毛がとても多く、しかも肌は薄い下毛でびっしりと覆われています。そのため寒さにはとても強く、逆に夏には熱中症になる危険があります。ともあれ、シャンプーのあとは拭いても拭いてもなかなか乾きません。なので、ある程度タオルで拭いたらあとはこんな感じで自然乾燥です。

だんだん乾いてきました↓

HARU in rooftop

後ろに見えるのが「へぐら愛らんどタワー(簡易水道高架配水塔)」と灯台です。

GWを前に毎日15人近くのバードウォッチャーが来島するようになり、島が賑やかになってきました!

おまけ
omake


ヘリ搬送
骨折の患者さんをヘリで搬送しました。

天候が悪く、海は時化で搬送に漁船は使えない状況でした。受傷が夜8時で夜間は防災ヘリ「はくさん」は飛ばないため、自衛隊ヘリを要請しました。

自衛隊、消防本部、県庁危機対策課、市役所、搬送先の病院、舳倉島の区長さんなどと連絡をとりあい、診療所の携帯はなりっぱなしでしたが、何とか搬送することができ、患者さんは手術を受けることができました。

何と言っても素晴らしかったのは島の人たちの団結力です。
区長さんから連絡を受けて、夜中にもかかわらず診療所に10数人が集まってきてくれました。
男の人たちはヘリポートの照明やヘリポート付近の建物の照明に奔走していただき、女性の方々は毛布を準備してくれたり、私が電話の対応に追われていたので患者さんに付き添っていてくれました。

風が強い上に、風が弱まると今度は霧が出てきて、着陸態勢ができるのか不安が広がりました。自衛隊からの要請で輪島も天候が悪く着陸できなかった場合を想定して、搬送先病院を金沢と小松にも確保せねばならず大変でした。患者さんの状態は安定していたものの痛みが強く、早く搬送してあげたいという気持ちと手続きの煩雑さに歯噛みする思いでした。

要請から6時間後、天候はまだ不安定でしたが、ともかく飛ばそうということでヘリが小松を出発。向かい風のため小松から約1時間で舳倉島に到着しました。ヘリポートは診療所のバンと消防車、漁港のリフトカーで照らしました。ヘリの風力はすさまじく、バンが横倒しになるかと思いました。

ヘリ機上では患者さんの状態も安定し、10分ほどで搬送先病院付近の球場へ着陸。そこから救急車で病院へ運ばれ、すぐに診察、検査と進み、手術が行われました。

私はその病院の医局のソファーで寝かせてもらい、翌朝のニューへぐらで島へ帰りました。

ハルのエサを島のある人に頼んでおいたのですが、朝の散歩までしていただいて、ニューへぐらのお迎えにも連れてきてもらい、船が港に入り島の人たちとハルが見えたときは感動しました。船からおりて島の人たちから「ご苦労様でした」といわれたときは本当に嬉しかったです。

手続きの煩雑さや連絡体制が複雑なことなど自衛隊ヘリ搬送に伴う問題点も見えましたが、ともかく無事に送れて良かったです。

ニューへぐらに乗る前にコンビニでポテチと牛乳プリンを買えてちょっとハッピーでした。
島の神社
島には8つの神社があります。
総本社の奥津比神社↓

shrine

そのほかの7つの小宮は恵比寿神社、伊勢神社、金毘羅神社などです。

現在のように島の人たちが定住化せず漁シーズンになると輪島から一斉渡島していた頃は、漁師さんたちはまずそれぞれの組の所管の小宮にお参りに行ったそうです。その後、この奥津比神社に島民全員が集まって1年間の色んな決まりごとを話し合いました。その後は全員で飲み明かしたとか。すさまじかったんでしょうね。

この周囲5kmほどの小さな島に、これだけの神社があり、石塔やお地蔵さんがあちこちで見られます。昔の島の人々の無病息災や稼業の安全を願う気持ちが伝わってくる気がします。

島の名所については、石川県医師会会長でもある小森先生のHPがおすすめです。
バーチャル舳倉島が写真つきでとても面白いです。

小森耳鼻咽喉科医院
http://www.komori.or.jp/


CR化完備!
診療所の医療機器は色々ありますが、レントゲンはその1つです。

いつ頃からあったのか分かりませんが、去年まで使用していたのは現像液に浸してフィルムに出す古いタイプのものです。

歴代の先生方は、撮るまではよかったんですがこの現像の段階でかなり苦労されたみたいです。現像液の管理も非常に手間がかかったようです。しかし、昨年ついに修理もきかなくなり、

CR化+フィルムレス

Computed Radiography

が実現しました!

CR(Computed Radiography)化というのはレントゲン写真のデジタル化ということです。昔の普通のカメラとデジカメみたいなもんですね。デジカメの写真がパソコンで色々加工できるように、デジタル化すると撮った後でも撮影条件を自由に変更できるので非常に便利です。
フィルムレスとは撮ったレントゲンをフィルムにして見るのではなく、パソコンの画面のようなモニターで見ることです(写真の一番左)。フィルムを現像する手間が省け、保管場所もいりません。

欠点はパソコンやサーバー、バックアップHDのメンテナンスを自分でやらなければいけないことぐらいでしょうか。

島の人たちも「いいレントゲンがはいったもんや~」とモニターの画面に驚いていました。

「先生、レントゲンとってくだ」
といって受診される方も結構いらっしゃいました。

散歩中のある会話
「今度のレントゲンちゃあ頭の血管つまっとるがもわかるんやろ、先生!」
「そ、それは無理やわ~」


ハルとメリー
舳倉島の犬たち~第2弾~

メリーは気品あふれるきれいな犬です。
HARU WITH MERRY

家の軒先でぼーっとしてることが多く、あんまり動きません。
見ているとかなり癒されます。
歳はわかりませんが、たしか10歳越していたような。メスです。

ハルもまだ緊張気味ですが徐々に仲良くなっている感じです。
カモメとウミネコ
カモメくらいはわかる、と言いましたが、

a black-tailed gull

ウミネコでした。足が黄色いのはウミネコだそうです。
もちっと勉強します・・。

デジカメのズームではやはりつらいですね。
Haru meets シロ
HARU AND SHIRO

どうみても、でか犬と子犬にみえますが、シロは10歳(くらい)のお母さん犬でハルは7ヶ月の子犬です。

島にはハルの他に4匹くらい犬がいます。
シロは背中に船の赤い塗料がついてカラフルでかわいい犬です。
散歩してると結構ほえられますが、呼ぶとすぐによってきて撫でさせてくれます。
毎朝、船のお出迎えに港にくるので毎日ハルとは遊んで(?)もらってます。

島の犬達は繋がれてないのでみんな自由そうでいい感じです。

島の夕食②~ハチメ~
散歩中にハチメと刺身を頂きました。

ハチメの煮付け

ハチメは煮付けに。
炊きたてご飯に、レタス、トマト、シーチキンのサラダ。
いただき物で生きています(;^_^A
Haru in the sunset
夕方5時ごろから毎日散歩にでかけます。
島の自然は本当に美しく、特にこの夕日が好きです。

Dog in the sunset

歩きながら、漁の後片付けをしている海女さんたちに声をかけたり、島で飼われている犬たちとふれあったりします。

分かっているのかいないのか、海女さんたちに「うつくしなぁ~」といわれてハルは嬉しそうにしています。

バードウォッチャー来島
昨日辺りから どでかい一眼レフ を背負った人々が来島し始めました。

一眼レフ

↑こんな感じ。でももっとでかい。

ピークはGWあたりらしいですが、既に結構いらっしゃってます。

鳥への興味は、犬と散歩していて、「あ~ほんとにいろんな種類の鳥がいるなぁ」
ぐらいなのですが、確かに見ていると飛び方とか個性があってかわいいです。

しかし、今のところ分かるのはカモメくらいです。
カモメの水兵さん


島の夕食①~ブリ~

昨日の夕食はこんな感じでした。

ある日の夕食


ブリは診療所便りを配っていたら島の人に頂いたものです。もう焼いてあったのでレンジでチン。
ご飯は炊きたて。
味噌汁は朝に作ったものを温めなおし。

こんな風に島の人から頂き物があったときは本当に嬉しいです。

ハル 7ヶ月
ご紹介します。

ハル =グレート・ピレニーズ オス=


ハル 港にて


現在、7ヶ月で体重は24Kgくらいだと思います。
性格は非常におとなしくて、愛嬌があるんですが、いかんせんまだ子供なのでやんちゃです。

島の人たちは大きさにびっくりしていましたが、「おとろしいわ~」から徐々に「おとなしい子やなぁ~」に変わってきています。朝夕散歩させて島民と触れ合うようにしています。

写真は散歩中に港をバックに撮ったもの。
小さい頃の写真も載せていきたいと思います。


第54代!
横綱ではありません。

第54代へぐら診療所所長になりました寺本了太と申します。
これから半年間、舳倉島の人々の健康を守ることになります。大きなプレッシャーの中、自然豊かな島で島民の方々と触れ合いながら一日一日をゆっくり過ごしていくことにとてもワクワクしています。

僕は3/31に島に渡ってきましたが、その夜に津波騒ぎがあり診療所があるセンターに島民の方々が避難されてきました。夕方頃、水位が50cm程下がったとかで、津波に注意してくださいとの島内放送が流れました。気象庁の注意報や警報は出ていなかったのですが、輪島へ出航した定期船も輪島港に入れずにいたそうです。幸い何事も起こりませんでしたが、着任早々にドキッとさせられる出来事でした。

現在、荷物の片付けなどでドタバタしていますが、この診療日誌を少しずつ書いていければいいなと思っています。宜しくお願いします。

能登半島地震
4月1日 晴れ

能登半島地震から1週間がたちました。

地震があった直後からいろんな方々のメールや手紙が届きまして励まされましたありがとうございます。私自身や、家屋、病院などは大丈夫です。心配していただき本当にありがとうございます。
地震のときのことを思い出して、少し書こうと思います。

3月25日の地震(震度6強)は相当のもので、その時たまたま病院の日直をしていた僕は、あまりの揺れ具合に、これは大変なことのなると実感しました。

予想通り、どこにも連絡が取れなくなり、一時、病院はパニック状態でした。そして地震の直後からたくさんの患者さんが病院に来院しました。

でも、病院のスタッフが特に連絡もないまま、すぐに集合し、自分にできることは何かをお互い確認しあい、協力して次々とやってくる患者さんの処置に当たりました。

もちろん病院スタッフの家はみなさん輪島にあり、自宅が全壊、半壊している人たちも中にはいましたし、家族の安否がなかなか確認できないまま仕事に走り回っていました。

そんな光景をみながら、連絡もしないのにこれだけ集まれる、この地域の人たち、この病院に感動しました。

地震で大忙しだったけれど、あの時間をたくさんの病院のスタッフと経験できたことは、本当によかったと思います。

1日目はとても忙しかったけれど、その後は国、県の支援があり、病院に来る人は特別多いというわけでもなく、いつも通りの仕事が続きました。

しかし、余震の恐怖というのは想像していたよりも恐ろしく、またあの恐ろしい瞬間が来るのかと思っただけで、ドキッとします。

ずいぶん余震も収まりましたが、まだまだ油断できない状態ですし、長期間の避難所生活で高齢者の体力は衰えてきており、ストレスも蓄積してきております。かぜやインフルエンザといった感染症が流行し始めており、また、脳梗塞、脳出血、心筋梗塞といった重篤な病気で搬送される方が普段より多くなっています。

少しでも早く、今までどおりの普通の生活に戻り、地域に笑顔が戻ることを願っています。

話は変わりますが、4月となり舳倉島の医師もまた変わりました。
その医師と話していますと、このブログの続きを書きたいとのことだったので、このブログを引き継いでもらうこととにしました。

舳倉島はやはり特殊な環境ですし、いろんな人に島の魅力を知ってほしいです。やはり実際に住んでいる人のほうがリアルタイムで島の状況を詳しく伝えることができると思います。

ボクと違って、まだ野鳥が好きではないようですが、そのうちバードウォッチングにはまっていくかもしれません。
皆さん応援のほどよろしくお願いいたします。

それで、ボクの書くブログがなくなるので、また新しいブログを立ち上げようと思っています。

できましたらまたこのブログに書きたいと思います。
「能登島診療日誌」にしようかと思いますが、例によって鳥の話題が多くなると思います。

今まで、私、山本大輔を応援して下さいまして、本当にありがとうございました。
またよろしくお願いいたします。








プロフィール

shingo takagawa

Author:shingo takagawa
住所 〒928-0072 石川県輪島市海士町所属舳倉島出邑山1-4 舳倉診療所
TEL:0768-22-7500
FAX:0768-22-7509
mail: lovelyhegura@yahoo.co.jp

This blog started in April, 2006. I am the 19th author.



About Hegura island

舳倉島について知りたい方は、カテゴリーの「島内ツアー」をクリックしてください。



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