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舳倉島診療日誌
臨床研修を終えたばかりの新米医師が毎年半年交代で赴任する舳倉診療所。温かい島の人々に囲まれてのんびりすごす島の暮らしを綴りたいと思います。
残暑
8月29日 晴れ。まだまだ残暑が厳しいです。
海女さん達は祭りから戻って、休む間もなく働き続けています。
本当に海女さんの仕事振りには尊敬します。
ある海女さんはおっしゃっていました。
「海女と呼ばれれば、それだけプライドがある。晴れていて、凪だったら、いくら疲れていても潜らないわけにはいかない」
「もう40年もこんな生活しとるから、夏場これだけ忙しくて、疲れるのは当たり前のことやと思ってる。別に特別のことでもないよ」
海女さんの仕事に対するプライド、情熱はすごいです。まだまだ人生の先輩として、いろんなことを見習って生きたいと思います。

さて、8月28日、29日と自治医大の後輩が地域医療の実習で島に来ていました。5年前、自分もこんな風に島に来てなんとなく未来を想像していた気がします。
前にも書きましたが、学生のうちにこのような地域医療の現場を見ておくのはすごく刺激的で、将来の自分を想像することが出来るのでとても大切だと思います。
自分の学生の時を思い出しながら、いろいろと話しました。
5年後、島に来て、島民の生活を守ってくれることを祈っています。

そろそろ9月になり、渡り鳥が来て欲しいと願っていますが、いつものメンバーです。ハクセキレイ、カワラヒワ、トビ、ハシブトガラス、イソヒヨドリ、アオサギ、キアシシギ、イソシギ、です。

カラスバトみたいなシルエットの鳥を発見しました。
確実ではありませんが、カラスバトっぽく思います。
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もうすぐ秋の鳥の季節、楽しみです。

夕日がきれいだったので、また載せます。
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輪島大祭
8月25日 晴れ 
8月21日から25日まで輪島大祭の為、島民が舳倉島からほとんど離島し、僕も久しぶりに離島していました。25日の船で戻ってきました。
なんだか車がたくさん走っているのが新鮮で、お金を使って買い物や外食するのが不思議な感じでした。

輪島大祭は町別に行われ、舳倉島はもともと海士町という町に所属します。海士町のお祭りは少し変わっていて、おもしろいという話は聞いていたので、前々から見に行こうとは思っていました。
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もともと海女町の祭りは舳倉島で行われていたみたいです。もともとの意味は舳倉島にいる女の神様が、輪島の男の神様に会いにいく為のものだと聞いたことがあります。(聞いた話です。確かではありません)
女の神様の為、神輿を担ぐものも女であるように、男が化粧をして、エプロンを巻いて女性の格好をします。昔から、恋人の女性があこがれの男性の化粧をするという風習があるようです。

7月頃に舳倉島の区長さんと祭りの話で盛り上がったことがあり、できることなら参加したいと話していました。
海女町の伝統を重んじる風習、もともとの気質もあり、よその生まれのものが容易に参加できるものではないことも知っていました。

22日のお祭り当日、区長さんから「本当にやる気があるなら、いますぐにきてくれ」との連絡があり、強い決意をもって行きました。それから小岩組の人たちと、お酒をのみながら交流を深め、今年の御輿を小岩組から担がせてもらえることになりました。

海士町にはいくつも組があり、各組からかつぎてがでる事になっています。青年団といわれる神輿の仕切り役の人と合わせて約100人ぐらいはいたように思います。

それから化粧をし、さらし、エプロンをまいて、わらじを履いて準備しました。
祭りのときに歌う歌の練習を繰り返し、気分を盛り上げていきました。

いよいよ出発です。
「ワッサー、ワッサー」
歌を歌いながら、気分を盛り上げながら、神輿をまつってある奥津比神社に集まり、そこから重い立派な神輿を担いで海女町を練り歩きました。
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一度海岸で休憩した後、神輿を担いで夕日の落ちる中、海に入っていきました。神輿が海に入るのは、全国的に見ても珍しいものではないでしょうか?海の中では砂に足が取られ、歩きにくかったですが、祭り参加者の気持ちが一つになっている一体感を感じました。
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海を数回往復し、浜に再び上がり、自治会館まで持って行って、その日の神輿は終了となりました。
終わった時、海士の人達と一体になったような感覚になり、とても感動しました。海士の人達の神様を本当に大切にする気持ち、そのつながり、絆の強さを再確認しました。
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その後、シャワーしたり着替えをして、次に各組がもつキリコと呼ばれる小さな神輿を担いで、自治会館の前に集まりました。小さな子供からおじいちゃん、おばあちゃんまで集まり、鳴り響く太鼓の音を夜遅くまで聞いていました。
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「いいお祭りだなあ」と心の底から思いました。


神輿を担ぐのはとても疲れましたが、舳倉島を愛するものとして、神様を海に連れて行く大切な行事に参加させていただき、また島民、海士町の人達との距離が少し近づけた気がします。いろんな人に支えられて、とても楽しく、一生忘れられない経験ができました。今でもあの時の思いが自分の両肩に残っています。
私のわがままを聞いてくださり、あたたかく受け入れてくださいました海士町の皆様に本当に感謝いたします。ありがとうございました。

私の舳倉島での勤務も残すところ1ヶ月となりましたが、島民が安心して仕事ができるように、神輿を担いだ時の気持ちをもって全力でがんばりたいと思います。


後輩
8月20日 今日も真夏日です。8月入ってからずっとこんな感じです。暑すぎて、昼間外に出るのも嫌です。
島の人は相変わらずよく働いています。海のある時は海に行き、海から上がればエゴについたゴミとりという過酷な仕事を毎日続けています。

最近は空の青と海の青がきれいです。
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8月18,19日と私の大学の後輩たちが夏の研修ということで、島にやってきました。
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何度か書いたように、この島は自治医大卒業生が半年交代で赴任してました。おそらく、これからもそうなるでしょう。今回やってきたのは1年生から4年生までの8名(一学年2名)で、この学生さんたちも5から8年後はこの島にやってきて、この仕事をやるんだなあと思うと、なんだか不思議な感覚になりました。

全員島一周して、少し診療所の様子や機器の説明をして、診療の見学、血圧測定、エコーなんかもしました。

学生の頃から、地域医療の現場を見るのはとてもいいことだと思います。僕もそうでしたが、数年後の自分をイメージできるのは、自分に何が必要なのか、何がこの職場では大切なのかが少なからず感じることが出来ると思います。きっと彼らも何かを感じていたのだと思います。

夜は民宿でご飯食べたあと、花火をして、そのあと開発センター(診療所の建物)で飲み会をしました。少し学生気分に戻った気がして、とても楽しかったです。自分もあんな頃があったんだなあと思ってしまいました。やっぱり後輩はいいものです。久しぶりに夜中まであつく語りました。

最近またムカデがたくさん出てきます。昨日はけっこう巨大なものが出ました。こんな感じの赤い奴は凶暴です。
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見つけた瞬間、ムカデキンチョールで抹殺します。小さい頃からこんなムカデとともに暮らしてきた島の人たちは強いはずです。

鳥の話ですが、渡り鳥はまだいません。ハクセキレイ、カワラヒワ、イソヒヨドリ、ムクドリ、トビの固定メンツです。海辺にはキアシシギ、イソシギがいます。

さて、明日より輪島大祭というこの地区のお祭りが輪島で行われます。その為、島に人がほとんどいなくなり、船も22,23,24と欠航します。
さすがに島に人がいないので、医者も離島してよいみたいで、4ヶ月ぶりに離島します。今日の定期船は島の人でごったがえしそうです。

今日は朝早起きして、朝焼けがきれいだったので写真とって見ました。
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久しぶりの本土はどんな感じかなあ。

島の海一周。
8月15日 晴れ。暑い。毎日同じような天気です。
朝から小泉首相の靖国参拝のニュースで持ちきりです。
島の人は15人位しかいないらしく、静かな感じです。

今日は初めて船に乗せてもらい、イカを獲るとの事で一緒にでかけました。島の周りの海を一周しました。やっぱり舳倉の海は本当にきれいです。
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少し漁を手伝わせてもらいましたが、結構大変です。獲物の位置、網の入れ方、潮の流れなどなど、たくさんのことを考えながらやっているんだと思いました。
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海女さん、漁師さんの気持ちが少しだけわかった気がしました。

昨日かいた新聞記事のことですが、インターネットでみることができました。これで石川県にいなくても見ることができますね。
一応紹介しておきます。
http://hokuriku.yomiuri.co.jp/hoksub4/noto/ho_s4_06081501.htm
明日皆さんお盆から帰ってきます。
読売新聞
8月14日 晴れ。今日もまためちゃくちゃ暑いです。海はベタ凪。
お盆で島民は帰省中で、診療所にはほとんどきません。
暑くて、海が穏やかだったので、診療後の夕方、海水浴してきました。
5分で海に入れる環境はいいですね。
「きもちいいー」
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透明度抜群の海で海女さんのメガネを借りて、泳ぎました。とっても水中はきれいで、うっとりしました。残念ながら水中の写真はのせることができませんが、けっこう魚もいて、海草も豊富でした。サザエとか探してみましたが、見つかりませんでした。
海女さんのまねをして少し潜ってみましたが、2メートルほど潜ると水圧で耳が痛くなります。海女さん達はどうやって10m、20m潜るのか不思議でたまらなくなりました。そして、数回潜ってみるうち、海女業の厳しさを体験しました。

トビ久しぶりに撮ってみました。こうやってみるとトビもかわいいですね。
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今日島民にウニをわけてもらいました。こんなところでしかもこんな季節にとれると思ってなかったです。濃厚でとってもおいしかったです。 
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先日読売新聞の人が取材に来ていて、明日(8/15)その記事が読売新聞石川版に掲載されるみたいです。僕もまだ記事の内容はどんなんだか知りませんが、もし読める人は読んでみてください。

凍結
8月13日 晴れ。暑い。暑すぎです。猛暑が続いています。

島民はお盆の為、3分の2ほどの人数が輪島に帰省しました。よって皆さんぎりぎりまで仕事をして帰って行きました。
驚いたのは、島で愛用している三輪車まで船にのせて輪島に行きました。やはり、この三輪車は生活には必需品なのでしょう。

さて、この島に来ていくつかの気づいたことがあります。
冷凍庫で冷凍する事を島の人は「凍結」と言います。確かに意味はあっているのですが、今までは冷凍するという言葉を使っていたので、はじめはなんだかとまどいました。食材を冷凍する事はよくあることなので、凍結するという言葉はよく聞きます。
慣れは怖いもので、島に来て4ヶ月あまり、凍結するという言葉に違和感はなくなってしまい、自分の家族などにも「凍結」を使ってしまうようになってしまいました。

他にも、島の人は「大変だ」という意味の言葉を「大騒動」といいます。
「台風がやってきて、家でももってかれていこうものなら大騒動や」という風に使います。

言葉は地域性が出て、おもしろいですね。

お盆は残っている島の人たちとお留守番です。
エゴとり
8月9日 晴れ 気温34度で猛暑が続いています。島の人たちはエゴを大量に取ってきて、そのゴミとりでこの暑い中外で働きづめです。なかなか大変な作業ですね。
黒いのがエゴです。
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台風7号が日本海のほうに向かってくると思ったら、東の方にいったので、またしばらく天気のいい、海が静かな日が続きそうです。いつになったらこの暑さがやわらぐのでしょうか?

最近は夕日がとてもきれいです。何度か夕日の写真載せましたが、もう一度のせます。何度見てもいいですね。焦点距離を少し変えながら撮ってみました。
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空と海とのグラデーションが見事です。
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望遠レンズでどアップ写真撮ってみました。
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夕日が沈んだ後も、空にはきれいな朱色が残ります。
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雲が鯨みたいに見えました。
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満月に近かったので月も撮ってみました。
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島の夜景撮ってみました。
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さて、鳥ですが、めっぽう暑くているものメンバーしかいません。最近多忙だったので、あまり観察できていなかったのですが、昨日ゆっくりと鳥を見てみましたが、ほとんどいませんでした。アカアシチョウゲンボウも見なくなりました。どこかに旅立ったのでしょうか?僕の記憶では最後に見たのは7月23日頃だったように思います。もうしばらくいるのだと思っていたら、、。残念です。きっといいパートナーをみつけてまた戻ってきてくれるでしょう。
何もいないので、ハシブトガラス、ハクセキレイ(幼鳥)、ムクドリの写真とっときました。
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早く、鳥さんたちやってこないかなあ。

舳倉島総合診療 行われる
8月7日 晴れ。猛暑が続いています。島民はエゴとりで今日も輪島の方に出かけていきました。エゴの実物を見せてもらったのですが、見かけはパンチパーマの髪の毛みたいな海草でした。
主には寒天の材料になり、いろんな分野に使われるとのことです。身近なものでいえば薬のカプセルなどの原料にも使われているのだとか。エゴ取りは輪島で行われるので、島から10名ほどのグループを作って団体で出かけるそうです。そして、帰ってきてから、暑い中エゴを干します。本当によく働く人たちです。

さて、8月5日、6日と舳倉島総合診療と呼ばれている島民の健診がこの診療所で開催されました。当日はとても天気がよく、医師、放射線技師、看護師、保健師、石川県庁、県立看護大学関係から、総勢19名のスタッフが今年は来島され、診療所は一気ににぎやかになりました。
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この総合診療は地域がら、専門医療に恵まれない舳倉島島民のために、1982年ごろから石川県、輪島市の協力のもと、いままで継続して行われてきたものです。

以前は耳鼻科、眼科、内科、外科、歯科など夏のこの時期に別々に行われていたみたいです。最近は2日間を総合診療の日と決めて、県内より専門医の先生方に来ていただき、年に一度、島民の健康チェックをしていただいています。

今回来ていただきましたのは、耳鼻咽喉科、眼科、外科(胃カメラ、形成外科)、内科の合計6名の先生方にきていただきました。

8月5日は1時から診療開始しましたが、どっと島民が診療所にかけつけ、一時はあふれるほどの人たちでいっぱいになりました。島民は自分のかかりたい科にかかってみてもらったり、先生との久しぶりの再会を楽しんだり、看護大学の骨密度や呼吸機能を測定したりと、とても充実した健診ができたと思います。
これだけ、長い間継続して行われており、島民の絶大なる支持を得ているのは、毎年のように来ていただいている先生方のあつい舳倉島島民に対する熱意によるものだと強く感じました。

夜は民宿でスタッフ全員で食事をし、その後花火をして楽しみました。その後、診療所2回の私の住居にて昔の診療所の様子、これからの舳倉島についてなど話し合い、盛り上がりました。

8月6日はエゴとりがあったため、受診者数は5日ほどではありませんでしたが、朝早くから診療を行いました。

2日間の受診者数は次のとおりです。
内科:31名
耳鼻科:25名
眼科:27名(診療所で診療した人数。巡回診療をあわせると101名)
胃カメラ:17名
形成外科:9名
でした。

その後島内観光(といってもぐるっとまわってアイランドタワーに登る)をして、スタッフの皆さんは船に乗って帰られました。

皆さんが帰ってしまった後はまた静かな島のいつもの風景に戻りました。その後、なんともいえない寂しさがこみあげてきました。
準備、2日間の診療と主催者側としてはいろいろと大変なこともありましたが、たくさんの医師、スタッフ、島民と有意義な時間を過ごすことができて、とても楽しかったです。あと少し、舳倉島勤務がありますが、さらに島に情熱をもってがんばっていこうと強く思いました。

皆さんが帰ってしまった後、少し燃え尽きてしまったのか、疲れがどっと出て、ブログの更新が遅れてしまいました。まだ報告書の作成、カルテの整理等の仕事がありますが、がんばります。

今回参加してくださった先生方、スタッフの皆様、石川県、輪島市、そして、舳倉島の島民の皆さん、本当にありがとうございました。

この診療結果を島民の日常診療に役立てたいと思います。今後も舳倉島の島民が安心して暮らせるようにがんばって行きたいと思います。

最後に撮った記念写真を載せます。
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舳倉島総合診療
8月4日 晴れ、快晴。暑い!!。気温33度ぐらいです。周りが海のせいか、異様にムシムシしていて、日差しも強く、かなりの暑さです。
海女さんはこんなに暑くても、海に潜っています。本当にすごく働く人たちです。

さて、8月5日、6日に舳倉島総合診療があります。
これは、医師一人の診療所では海女さんに多い眼科、耳鼻科疾患などをみるには限界があり、県内の在住の専門医に島に来ていただき、石川県、輪島市の協力をうけて各科の健診をしています。20年以上前より続いている年に一度の島の健診なのです。

今年は耳鼻科、眼科、内科、胃カメラ、形成外科の先生方に来ていただく予定です。
ここ数日は、総合診療の準備におわれていました。
もっと総合診療の詳細を書きたいのですが、夜も遅いので、次回に書くとします。
明日は盛り上がるように頑張ります。
暑い!
8月1日 晴れ。夏らしい、蒸し暑い一日です。当然ながら出漁で、今日はエゴとりです。エゴとは僕もまだよく知らないのですが、今日来た患者さんに聞いたところによると、ラーメン?の原料かなんかになるとかおっしゃっていました。詳細不明ですが、高級品らしいです。エゴとりのときは海女さん達は水中でバトルしているらしいです。地上からみえない海の中で、戦っているのですね。でも仕事が終われば、決してひきずることなく、みんな仲良しなのです。島の人は本当にいい人です。

8月1日といえば、僕にとっては忘れられない日なのです。

2年前の2004年8月1日の気温が高い日に、体調不良のまま炎天下の中をマラソンをして、僕は熱中症で倒れました。医者になって3ヶ月ぐらいで、突然熱中症で倒れてしまったのです。意識も消失し、気づいたら病院のベッドの上でした。
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熱中症はそんなに怖い病気でないとぼくはその時思っていました。だから、診断名が熱中症と聞いた時は、少し安心して、3日ほどでまた仕事に復帰できるなと思っていました。

ところが、倒れたその日から、お尻から太ももにかけてものすごい激痛が走りました。それから、尿の色が真っ赤になり、体がものすごくだるくなってきました。

「横紋筋融解症」
熱中症の合併症でおこることがある病気です。横紋筋融解症とは体中の筋肉が溶け出す病気です。あまりに筋肉が熱中症で高温になりすぎ、おこるといわれています。

筋肉が溶けると、ミオグロビンという物質が血中に大量に出てきます。
血中の筋肉のCK(クレアチニンキナーゼ)という酵素の値が320000にもなっていました。尿が赤いのは解けた筋肉のミオグロビンの色です。
それらを分解し、排泄するのが肝臓と腎臓なのですが、あまりにも急激に筋肉が溶け出したので、肝臓と腎臓の機能が悪くなっていきました。

8月3日、肝臓、腎臓がやられて、多臓器不全ということになりました。肝臓の機能が弱ると、血液中の凝固因子というものが作れなくなり、血を固める能力が弱くなります。
これが医学用語で言うDIC(播種性血管内凝固)という危ない状態に近かったのです。今の自分の状態がかなり危険な状態であると自分でも認識しました。意識は結構しっかりしていたように思います。

今すぐ、血漿交換が必要と医師に言われ、集中治療室で、その治療を受けました。血漿交換とは、血液のうち血漿という液体成分を献血の善意で集められたものとすっかり入れ替えるという治療です。(血液には赤血球や白血球、血小板などの血球と呼ばれる部分と、液体成分(血しょう)と呼ばれる部分に分かれています。)
その後3日間血液透析(人工的な腎臓)で腎臓の補助をしました。

幸いにも治療に反応し、危険な状態から脱出しました。その後1ヶ月ほど入院し、仕事に復帰できました。

この時、たくさんの人に心配をかけました。そして、僕はいろんな人に支えられてこれまで生きてきて、今があり、今という時間を生きている事を実感しました。
また、未来は何が起こるかまったくわからないということも実感しました。この時は完全に自分の管理ミスでしたが、これから先、公共機関に乗っていて、交通事故が起こるかもわからないし、自然災害に襲われるかもしれない。これからは、皆さんに生かしてもらったという思いをもって、一日一日を大切に生きていこうと思いました。

今、医師という仕事について、少しでも人の手助けができればと思っています。
今は舳倉島に勤務していますし、なんとか少しでも島の人の役に立ちたいというのが今の思いです。


夏の暑い季節になり、熱中症で若者が命をおとしたというニュースを見るたびに胸が痛くなり、あの日のことを思い出します。
熱中症は防げるものです。このブログを見てくださっている皆さん、水分補給をしっかりして、真夏の熱中症には本当に注意してください。


プロフィール

shingo takagawa

Author:shingo takagawa
住所 〒928-0072 石川県輪島市海士町所属舳倉島出邑山1-4 舳倉診療所
TEL:0768-22-7500
FAX:0768-22-7509
mail: lovelyhegura@yahoo.co.jp

This blog started in April, 2006. I am the 19th author.



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